NFTによる 知財ライセンス と盗難時の権利行使の落とし穴

NFTは、次世代のアートとして注目される一方、 知財ライセンス の「箱」としても利用されています。しかし、今特に増えているNFTの盗難に対する枠組みが不透明で、悪質業者やハッカーに対する権利行使に関わる新たな法的問題を提起しています。

具体的な例として、俳優でコメディアンのSeth Greenのケースを取り上げたいと思います。Green氏は、Bored Ape Yacht Club #8398というタイトルのNFTの所有者で、Fred SimianというBored Apeのアバターが描かれています。Bored Ape Yacht Clubは、1万体の猿のアバターからなるNFTコレクションで、それぞれがユニークな視覚的特徴を持ち、数千ドル(場合によっては数百万ドル)の価値があるとされています。このBored Ape Yacht ClubのNFTの特徴を利用し、NFTを取り巻く新しい種類のコンテンツを作ろうと、グリーン氏はFred Simianを主人公にしたWhite Horse Tavernというアニメ番組を開発していました。しかし2022年5月、Green氏のNFTがハッキングされ、所有も管理もしていないNFTから収益を上げることについて、多くの法的問題が提起されました。

関連記事:盗難にあった場合、NFTに付属する 権利 はどうなるのか?法律面での考察

著作権は一般的に作品の購入で作者から購入者に移転することはない

Green氏のNFTのハッキングは、著作権に関する新しい問題を浮き彫りにしました。

一般に、著作権法の下では、作品の著作権は、契約や権利の譲渡がない限り、作品の創作者から作品の購入者に移転することはありません。

先売り法理(first sale doctrine)の下では、著作権で保護された作品の創作者が作品を売却する場合、作品の物理的な所有権とともに、作品を「売却またはその他の方法で処分」する権利(the right to “sell or otherwise dispose of” the work)のみが譲渡されます。つまり、有形著作物そのものの所有者は、(米国では州法または Visual Artists Rights Act of 1990 に基づき適用される芸術家人格権 (artist’s moral rights) を条件として)その素材を転売、リース、貸与、譲渡、破棄する (resell, lease, lend, give away or destroy) ことができるのです。

しかし、作品の創作者は、著作権法の下で著作権者に与えられている排他的権利 (exclusive rights)、すなわち作品を複製、改作、出版、公に上演・展示する権利、および作品の派生物を作成する権利 (the right to reproduce, adapt, publish, publicly perform and display the work, and create derivative works of the work) の所有権を保持します。

知財ライセンス 著作権は一般的に作品の購入で作者から購入者に移転することはない

例えば、伝統的な著作権原則の下では、芸術家Jean-Michel Basquiat氏の「Untitled」(1982年)のポスタープリントの購入者は、原作におけるいかなる著作権も購入していないという理解になります。つまり、購入者はポスターを転売したり譲渡したりすることはできますが、ポスターの複製物を作成して販売したり、絵画を複製した新たな派生物(例えば、「Untitled」を特徴とする商品)を作成したりすることはできません。

NFTによる 知財ライセンシング では権利執行は難しい?

デジタル商品という未知の領域において、NFTのクリエーターは斬新なライセンシングモデルを通じて、そのルールを変えようとしています。

Bored ApeのNFTには、NFTの所有者がNFTに含まれる創作物を商業利用することを許可する広範な著作権ライセンスが含まれています。Bored Ape Yacht Clubのウェブサイトにある利用規約では、Bored Ape NFTの所有者は「購入したアートを、そのアートに基づく派生作品を作成する目的で使用、複製、表示するための無制限かつ世界規模のライセンスが付与される」ことが規定されています。Green氏は、Bored Ape Yacht Club #8398を所有することにより、Fred Simianのキャラクターを基にしたアニメなどの新しい派生作品を作成する権利を含め、NFTの内容そのものを商業的に利用するライセンスを付与されたのです。

しかし、2022年5月8日、フィッシング攻撃により、Bored Ape Yacht Club #8398を含む4つのNFTが彼のコレクションから盗まれ、White Horse Tavernの計画は頓挫しました。Green氏は、暗号通貨ウォレットをNFTコレクションの偽サイトに接続してしまい、フィッシング・ハッカーはGreen氏の認証情報を使用したことで、Green氏のコレクションから4つのNFTを転送することができました。

このようなNFTハッキング詐欺が増加傾向で、貴重なNFTのコレクターを狙ったフィッシング詐欺は大きな問題になっています。

関連記事:総額2540万ドル以上におよぶ「盗難」されたトップNFTプロジェクトと 盗難 対処の限界

Bored Ape Yacht Club #8398の所有権がなければ、理論上、Green氏はBored Apeライセンスによって付与された使用権、複製権、展示権、および創作的な派生作品の権利の利益を保持することができません。これは事実上、Green氏がFredの新シリーズを商品化するための知的財産権を失ったことを意味します。

この事件後、Greenはソーシャルメディアを通じて、Bored Ape Yacht Club #8398の新しいオーナーに作品の返却を訴えました。Bored Ape Yacht Club #8398がGreenのウォレットから不正に転送されて以来、Green氏は新しい所有者と連絡を取り合い、「元の泥棒を告発するために協力している」と主張していたそうです。

知財ライセンス 枠組みは不明確 プラットフォームのポリシー

現在、Green氏がBored Ape Yacht Club #8398の購入に利用したNFTマーケットプレイスでは、盗難品に関するポリシーが定められており、リクエストフォームを通じてサイトが「盗難品の可能性があると通知」されると、オンラインマーケットプレイスは盗難品を「購入、販売、譲渡する機能」を無効化するとしています。また、このオンラインマーケットプレイスは、盗まれた可能性のあるNFTに「compromised」という表示を出し注意を促しています。

しかし、NFTが第三者のコレクションに無断で譲渡された場合、マーケットプレイスがユーザーの所有権回復にどのように関わるか、また関わるかどうかについては、まだはっきりしていません。Green氏のケースでは特にマーケットプレイスが介入したという報告はなく、最終的に個人でハッカーからNFTを購入したユーザーからBored Ape Yacht Club #8398を取り戻すために30万ドル近くを支払ったことが報告されています。それによりGreen氏は「White Horse Tavern」シリーズの開発を再開しているようです。

知財ライセンシング については政府の取り組みも追いついていない

Green氏の苦境を考えると、NFTの所有権(ownership)の法的行使に関する今後の事例がどのように展開されるかが重要な問題となります。ニューヨーク州上院のKevin Thomas氏は、暗号通貨の盗難や詐欺を規制する法案を提出し、司法省は暗号通貨のサイバー犯罪に焦点を当てたタスクフォースを設置しています。しかし、いずれの取り組みも、暗号通貨やNFTに影響を及ぼすサイバー犯罪が、所有者の知的財産権にどのような影響を及ぼす可能性があるかについては触れていないようです。また、NFT資産が盗まれた場合でも、NFTの作成者が使用、コピー、表示、派生作品の作成に関する知的財産権のライセンス付与をどのように守るか、守らないかについてもまだ分かっていません

法的な権利行使は難しいのが現状

NFTの所有者は、偽リンクや正規のNFTマーケットプレイスに見せかけたハッキングや詐欺が多発していることに留意する必要があります。そして従来の知的財産権がNFTに用いられたときにどのように適用されるかは不透明です。また、これらの権利行使メカニズムということになるとさらに不透明なので、特に商用利用をする際は、NFTの盗難には十分対策をとり、「盗まれない」ようにすることに最善の努力をするべきでしょう。

参考文献:NFTs: Usage Rights and Legal Fights

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