NFT の権利周りに関する記事はたくさん書いてきましたが、それらのほとんどは NFT を保有しているのは買い手ですが、知的財産を保有しているのはクリエーター(プロジェクト)と言うものでした。しかし、今回紹介する記事はその理解に関しての反論で、主張しているポイントが興味深いので紹介してみました。
一般的な NFT の知財の考えは間違っている
最近、Galaxy Digitalが2022年8月19日に発表したレポートなど、NFT業界の一部の人々は、コレクターがNFTを購入した際に得られる所有権に疑問を呈し、一部のクリエイターがNFT購入者に誤解を与えたとまで指摘するようになりました。しかし、これらの批評家は、知的財産法の2つの基本概念を誤解しているため、間違っています。
- デジタルアートを所有することの意味
- デジタルアートを所有するとはどういうことか、そして、デジタルアートの知的財産権を所有するとはどういうことか。
今回の記事の目的は、NFTのエコシステムに不必要に注入された所有権とIPに関するFUD(恐怖、不安、疑念)を和らげることです。ここで提供される情報により、NFTを購入する際に買い手が得るもの、得られないものが明確になればと思います。
以下に示すように、NFTの買い手はトークンに関連するデジタルアートを「所有」していると言うのが正確です。また、NFTの購入者は、「著作権所有者に与えられるすべての保護と救済措置」を提供する広範な独占ライセンスなどを通じて、デジタルアートの貴重なIP権を頻繁に受け取っていることも事実です。なぜこれが正しく、批評家が間違っているのかを理解するためには、IPと財産法の原則を確認する必要があります。
知的財産とは何か?
米国では、知的財産は一般的に、特許、商標、著作権の3つのカテゴリーの権利を包括しています。特許は発明を対象とし、商標は出所識別情報を対象とします。しかし、今回のNFTの話題に限っては、どちらもここでは関係ありません。コンテンツの所有権は、「あらゆる有形の表現媒体に固定された著作物の原作」を保護する著作権法のみに支配されています。
著作権を「所有する」とはどういう意味でしょうか。ある作品の著作権の所有者は、その作品を複製し、それに基づく派生物を作成し、配布し、公に展示し、公に上演することを他者に許可する排他的権利を有します。 これらの排他的権利は、しばしば、著作権者が使用し、分割し、望むように他者に与えることができる棒の束に例えられることがあります。
著作権 vs. 物質的対象
著作権法は、1)「著作権の所有権」(ownership of a copyright)と2)「著作物が具現化されたあらゆる物質的対象物の所有権」(ownership of any material object in which the work is embodied)という似ているようで非なるものを区別しています。17 U.S.C. § 202. この区別の理解は重要で、この違いをしっかりと認識していないと、著作権に関して誤解を招くことがあります。
抽象的な内容なので、例を使って説明します。
ある芸術家がキャンバスに絵を描きました。その時点で、芸術家は作品の著作権と物質的対象(キャンバス)の両方を所有しています。画家がキャンバスを収集家に売った場合、収集家は物質的対象物を所有することになりますが、作品の著作権は依然として画家が所有しています。このように、著作権と物質的対象は、別個の異なる財産権なのです。
では、物質的な対象物を「所有する」とはどういうことでしょうか?
米国における財産権を規定する慣習法(common law)の下では、キャンバスに描かれた油絵という物質的対象は、コレクターが所有する有形動産とみなされます。
アートワークの合法的なコピーの所有者として、コレクターは「著作権者の権限なしに、そのコピーの所有権を売却したり、その他の方法で処分する権利を有します」(“is entitled, without the authority of the copyright owner, to sell or otherwise dispose of the possession of that copy.” )。17 U.S.C. § 109(a). これは、(米国)権利消尽理論(ファースト・セール・ドクトリン First sale doctrine)と呼ばれています。
買い手はまた、「著作権者の権限なしに、そのコピーを、直接、又はコピーが置かれている場所にいる視聴者に対して、一度に1枚以下の画像の投影によって、公に表示する権利を有しています。」(“is entitled, without the authority of the copyright owner, to display that copy publicly, either directly or by the projection of no more than one image at a time, to viewers present at the place where the copy is located.”) 17 U.S.C. § 109(c).
デジタル・アートは、所有し、販売し、展示することができる物質的な対象物
キャンバスに描かれた油絵を「物質的対象物」として分類するのは簡単です。しかし、デジタル資産をそのように分類するのは難しいです。
例えば、上の例で紹介したアーティストが代わりにデジタルアートの作品を作り、それをJPEGファイルとしてポータブルUSBドライブに保存し、そのドライブをコレクターに売ったとします。この場合、コレクターは何を所有することになるのでしょうか。
USBドライブは単なる有形動産ですが、JPEGファイルはどうでしょう?
JPEGファイルは、著作権法上の「物質的対象物」です。実際、著作物が「固定」されうるあらゆる物体は、物質的対象物です。これには、デジタルアート・ファイルも含まれます。裁判所は、著作物を表す「デジタル・シーケンス」として、「ハードディスクのセグメント(または他のメディア)」に磁気的にエンコードされたものと認識しています。物理的なキャンバスの所有者と同様に、JPEGファイルの所有者は、ファイルを販売する権利と、「コピーが置かれている場所にいる視聴者に、一度に1つ以下の画像を投影することによって」JPEGを公に表示する権利を有しています。 つまり、権利消尽理論(First sale doctrine)はデジタル・アートにも適用されます。
この法律解釈に対して、Galaxy Digitalは以下のようにレポートで主張しています:
”著作権は、米国においてデジタル・コンテンツの所有権を法的に認知できる唯一の形態です。著作権がなければ、デジタル・コンテンツの購入者はそのコンテンツを所有するのではなく、著作権者が定める条件に従って、著作権者からそのコンテンツを「ライセンス」することになります。”
この「デジタルアートを所有することはできず、ライセンスを受けれるだけ」という理解は間違っています。デジタル資産の所有権について検討したある画期的な事件で、裁判所は、デジタルファイルの特定のコピーを所有できることは「議論の余地がない」と判断しました。Capitol Recs., LLC v. ReDigi Inc., 910 F.3d 649, 656 (2d Cir. 2018). しかし、権利消尽理論(First sale doctrine)は「特定のコピー」にしか適用されず、デジタル・ファイルは通常、複製によって配布されるため、デジタル作品には権利消尽理論(First sale doctrine)が及ばないことが多いです。しかし、この消尽とデジタルコピーの所有は別の問題で、デジタル著作物の特定のコピーを所有することができることには変わりはありません。
このデジタル著作物の所有に関する理解が大切で、NFT に代表されるデジタルアートを著作権者の著作権上の利益やライセンスとは別に 「所有」することを可能にする重要な原則です。
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NFT はデジタルアートの所有権を譲る新しい方法を提供している
問題は、ネットワーク化、クラウドベース化、ストリーミング化されたこのデジタル世界では、JPEGをポータブルメディアに保存して販売することは現実的ではないということです。また、デジタルファイルは無限に、簡単に、完璧に再現できるため、「オリジナル」のJPEGファイルの所有者とその完全なコピーの所有者を区別することができないからです。このような現実は、デジタル著作物のマーケティングや販売に最悪の環境をもたらし、ほとんどのデジタル著作物は販売ではなく、ライセンスによって配布されるようになりました。
NFTはこの問題を解決し、デジタル・オブジェクトを「所有」する画期的な方法を生み出し、デジタル・アートを所有・販売する新しい市場を切り開きました。NFTはメディア上に「固定」されたデジタルファイルではなく、ブロックチェーン上の記録であるため、それ自体は著作権法上の「物質的対象」ではないかもしれません(NFTに関連する画像ファイルはそうですが)。しかし、コレクターがデジタルアート作品に関連するNFTを購入する場合、コレクターは物理的またはデジタルアート作品を購入するときと基本的に同じ権利と特権を得ます。つまり、NFTは、コレクターが購入、販売、所有できる無形の個人資産なのです。スマートコントラクトがデジタルアートファイルと結びつけるNFTは、暗黙のライセンス(implied license)により、コレクターにアートを公的に展示する権利を与える可能性もあります。
ある意味、NFTは、デジタル技術によって廃れてしまった「物質的なモノ」の代わりとなると言えるでしょう。キャンバスに描かれた油絵のように、デジタルアートNFTは、IP所有権とは全く異なる価値を持つアート作品を表す個人資産なのです。
Galaxy Digitalは、Yuga LabsがBored Ape Yacht Clubのライセンスにおいて、「NFTを購入すると、その基となるBored Ape、つまりアートを完全に所有することになる」(When you purchase an NFT, you own the underlying Bored Ape, the Art, completely. )と述べていることを問題視しています。Galaxy Digitalのレポートは、この文面は誤って 「NFTトークン所有者がNFTの基礎となる知的財産を所有していることを示唆している」と、知財の所有権に関して誤解を招くようなものだと主張しています。しかし、著作権と物質的対象との根本的な違いを理解すれば、このBored Ape Yacht Clubのライセンスの文面は100%正しいです。ある人が芸術作品を完全に所有していると述べても、その人が芸術作品の著作権を所有していることを示唆するものではありません。彼らはただ物理的な作品を所有しているに過ぎないのです。この所有権の基本的な違いを理解することはとても重要なことです。
広範な商用ライセンス=価値あるIP所有権
ライセンスは、著作権者が著作権を構成する様々な権利(棒の束と表現されることもある)を利用するための手段です。ライセンスは、著作権者が望む限り、限定的であることもあれば、広範であることもあります。また、ライセンスは、排他的(exclusive)であることも、非排他的(non-exclusive)であることもあります。ライセンスが排他的である場合、ライセンスの範囲内で著作物を使用できるのはライセンシーのみであることを意味します。排他的ライセンスを持つことは、機能的に著作権そのものを所有することと同じです。この概念は、著作権法に直接書き込まれており、「特定の排他的権利の所有者は、その権利の範囲内で、このタイトルによって著作権所有者に与えられるすべての保護と救済を受ける権利を有する」([t]he owner of any particular exclusive right is entitled, to the extent of that right, to all of the protection and remedies accorded to the copyright owner by this title.)と規定しています。17 U.S.C. § 201(d)(2).
商業用NFTライセンスは、NFT所有者にライセンスを付与するだけで、基礎となる著作権を付与しないため、知的財産権の所有権を全く譲っていないという主張は、ライセンスの役割と力に対する基本的な誤解を表しています。ライセンス、特に独占的または「商業的」ライセンスの保有は、知的財産の所有権の一形態です。つまり、独占的なライセンシーには「著作権所有者に与えられるすべての保護と救済」が与えられるので、ライセンスを受け取ることは基本的な著作権を所有していることと変わりありません。よって、広範な商用/独占ライセンスは、合法的で価値のあるIP所有権の一形態であり、これを見過ごすことは誤りです。
ライセンスは著作権の完全な譲渡よりもはるかに NFT のエコシステムと相性がいい
実際、ライセンシングの仕組みは、Web3/IP インフラの成長、継続性、流動性、そして安定性をサポートする方法として、著作権をそのまま譲渡するよりもはるかに優れた方法です。著作権全体を譲渡した場合、最初の NFT 所有者は、例えば著作権を第三者に譲渡するなどして、著作権をトークンから自由に「切り離す」ことができます。その場合、最初のNFT所有者がトークンを新しい買い手に売却しても、新しい所有者は知財権(IP)を受け取ることはありません。NFT所有者がNFTからIPを切り離せてしまう仕組みは、分散型IPの可能性を実現するのに適してはいない方法です。
一方、ライセンス システムでは、著作権者はNFT所有者に、NFT所有者がトークンを保持している間は著作権者と同じ権利と特権を与えることができますが、譲渡されると、これらの権利は消滅し、新しいNFT所有者から新たに始まることになります。
最後にCC0について一言
NFTプロジェクトのクリエイターが、Creative Commons Zero またはCC0 ライセンスのもとで作品をパブリックドメインに提供することを選択した場合、多くの批判があります。Galaxy Digitalは、レポートの中で、「NFTに関連するアートの利用から非所有者を排除できないのに、なぜ多額の資金を費やさなければならないのでしょうか。」とCC0ライセンスに悲観的な見解を示しています。
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このような意見は、NFTの所有権に付随するIPとは別に、NFTが持つ価値を理解していないことを改めて明らかにするものです。最近まで、CryptoPunksはNFT所有者にIPを全く付与していませんでした。しかし、彼らは歴史上最も価値のあるNFTプロジェクトでした。また人気のあるCC0プロジェクトの1つであるNounsは、100ETH前後で推移するフロアプライスを持っています。NFTを所有者に譲渡(またはライセンス)されるIPのみで評価すると、「物質的な物体」の代わりとなる「トークン層」や、NFT所有に頻繁に付随する商業ライセンス以外の他の効用も無視されることになります。Nounsの場合は、NFTの所有によって27,000ETH(4200万ドル)以上の保有資産に対する統治権を得ることができるのです。
Galaxy Digitalは、CC0フレームワークの問題とされる例としてそっくりなコレクションであるlil nounsプロジェクトを挙げ、「NounsがCC0の下でリリースされていることにより、Nouns DAOもNouns NFTの保有者も、Lil NounsやそのNFTの保有者に対して何らかの著作権侵害の主張を行使することはできない。」と主張します。
lil nounsプロジェクトは、NFTコミュニティがオフチェーンIPライセンスとは対照的に、DAO関係やスマートコントラクトアライアンスを通じてオンチェーンオブタイトルの証明(on-chain-of-title provenance)に価値を置いていることを物語っています。
NFT市場はまだ初期段階ですが、NFTプロジェクトクリエイターはすでに、デジタルアート、知的財産、所有権についての考え方に革命を起こし始めています。Web3のIPインフラを進化させ、強化するための余地はたくさんあります。この空間では異なる視点が歓迎され、必要とされていますが、それは確立された法律と事実の原則に基づいたものである場合に限ります。