メタバース は誇張されすぎていると指摘する人もいますが、この大流行(およびリモートワークやバーチャルソーシャルイベントへの移行)により、デジタル体験への依存と欲求が加速したことは間違いないでしょう。この需要を取り込もうと(そして取り残されるのを恐れ)、プラットフォームやブランドは メタバース やNFTの技術を取り入れようとする動きが出てきているのです。 メタバース の出現は、多くの法的問題を提起し、この新しい技術に対応するため、境界線を試され、法律の適応が迫られることになるでしょう。ここでは、メタバース に踏み込もうとしているブランドオーナーが考慮すべきトップ10の問題を提示します。
メタバース とは何か?
メタバースに関しては、普遍的に受け入れられる定義はありません。最も簡単に言うと、バーチャルリアリティのヘッドセットやメガネを使ってアクセスする3D版のインターネットです。しかし、完全に没入できる仮想現実の世界から、現実世界の上にデジタルコンテンツを重ね、そこで人々が交流し、買い物やビジネスを行い、不動産を購入し、学習するものまで、さまざまなものがあります。そのデジタル環境において、企業は現実世界に存在する製品やサービスを複製し、よりエキサイティングでインタラクティブなバーチャル製品やサービスを作り出すことができます。また、メタバースは誤った呼び方かもしれません。今のところ、単一のメタバースは考えられておらず、複数のメタバースが重なり合っています。
今回はメターバース関連の項目として、以下の10個のポイントについて考察していこうと思います。
- 多くの企業にとって、現実世界での強力なブランドポートフォリオは、仮想世界でも価値があると思われます。
- 登録商標は、未登録の権利よりもメタバースで行使しやすいでしょう。
- 現実世界の商品やサービスが、仮想世界において同じ商品やサービスに対する保護をどの程度提供するかはまだ検証されていません。
- 商標は本来地域的なものですが、メタバースは国境を越えた世界であり、グローバルにアクセス可能です。
- 使用するか失うか…
- 侵害者の特定は困難…
- 「取引の過程」での使用か?
- 監視
- ライセンス条項はメタバースでの使用に対応すべき
- メタバースプラットフォームの規約や条件に気をつける
1. 多くの企業にとって、現実世界での強力なブランド・ ポートフォリオは メタバース でも価値があると思われる
仮想世界でもブランドを築くためには、適切な権利(特に商標権)が必須です。そのため、既存のポートフォリオの監査を行い、どのような権利を行使できるのか、また明らかなギャップや脆弱性がないかを評価する必要があるでしょう。
保護範囲に関しては、保護内容が拡大計画と一致しているか、また、文字商標だけでなく、(デジタルアーティストにアピールできるような)形象的商標も保護されているかを確認するべきでしょう。
2. 登録商標は、未登録の権利よりも メタバース において行使しやすい
未登録の権利は、登録された権利よりも潜在的な侵害者が理解しにくく、確実性に欠け、付与される保護は法域によって大きく異なります (どの法律が適用されるかについては、以下のポイント 4 で詳しく)。 中国など一部の国では、権利は登録にのみ基づいており、その国での使用の事実や性質には基づいていません。
先に参入する…
ほとんどの法域では、最初に出願した者が商標の権利を所有します(例外で気にするべきなのはアメリカ。アメリカの商標は使用主義に基づいています)。そのため、デジタル商品に関する悪意のある出願は増加傾向にあります(例:Prada と Gucci は、メタバース関連の商品およびサービスに関する第三者による出願に対し、自社のロゴに関して異議を唱えました)。
3. 現実世界の商品やサービスが メタバース における同じ商品やサービスに対してどの程度の保護を提供するかはまだ検証されていない
イギリスにおける考え方
英国の 1994 年商標法の下では、類似の商品・サービスよりも、同一の商品・サービスを指示できる場合の方が、商標が侵害されたことを証明するのがより簡単です。類似の商品・サービスの場合、侵害を証明するためには、(商品・サービスの出所に関する)混同がなければなりません。
現実世界の商品・サービスとデジタル対応商品・サービスとの類似性の程度は、事実の問題とです。例えば、アドバイザリーサービスは、バーチャルな会議室で提供されようが、物理的なオフィスで提供されようが、配信メカニズムに関係なく、間違いなく同じものです。しかし、これとは対照的に、スポーツをするために履くブランド物のサッカーシューズは、アバターのために購入するブランド物のシューズのデジタル表現(データとソフトウェア)とは、間違いなく全く別の製品(履物)です。非類似の製品やサービスの場合、ブランド力が高いものだけが保護されることになります。
商標庁では、仮想クラスの商品やサービスを対象とした商標の出願が相次いでいます。 例えば、ダウンロード可能な仮想商品(第9類)、仮想商品を扱う小売店サービス(第35類)、娯楽サービス(第35類)、オンラインの非ダウンロード型仮想商品およびNFT(第42類)、デジタルトークンを含む金融サービス(第36類)などです。
メタバースはまだ進化しておらず、アーリーアダプターはその中でどのように運営するかを完全に決定していないため、出願した内容の商品やサービスは古くなり、補正が必要になる可能性があります。またそれは同時に失効のリスクも意味します( ポイント5を参照)。一部のブランドオーナーは、すでに広範な出願プログラムを実施しています。例えば、ナイキは、靴、ヘッドギア、スポーツ用品などの様々なデジタル商品について、米国でブランドの一部を登録するよう申請しています。
4. 商標は本来地域的なものだが メタバース は国境を越えた世界であり、グローバルにアクセス可能になる
メタバースには国境の概念がないことからどこに商標を出願すればよいのかという疑問が生じます。 この点については、インターネットや現実の商品に関して既に適用されているのと同様のアプローチがメタバースやデジタル商品に関しても適用されると思われます。つまり、(1)ブランドオーナーが積極的にビジネスを行いたいのはどこか、(2)特定の国で侵害のリスクがあるのはどこか、ということです。
しかし、ターゲティングに関する原則(現在、商標のオンライン使用に関する紛争がある場合に管轄権 を決定するために使用されている)が、メタバースにおける商標の使用に適用されるかどうか、 またどのように適用されるかはあまり明確ではありません。ウェブサイトが英国の消費者をターゲットにしているかどうかを評価する際に裁判所が考慮する要素(英国に配送する商品やサービスの提供、現地通貨であるポンドの受け入れ、国別コードトップレベルドメイン 名の使用、ウェブサイトの言語など)は、メタバースではより複雑になる可能性があります。仮想資産の出荷がなく、メタバース・プラットフォームは独自の暗号通貨を持ち、コンテンツのリアルタイム翻訳を伴う分散型の方法でホストされるかもしれません。メタバース独特の問題については、今後の展開を見ていく必要があります。もしかしたら、将来的には、領土的なアプローチから、別の知的財産レジストリや、メタバースに関連して発生する知的財産紛争を調停するためのクロス管轄メカニズムへの移行が見られるかもしれません。
5. 使用するか失うか…
商標登録した商品/サービスの不使用期間が長期に及ぶと、商標登録は異議申立の対象となる可能性が高くなります。これは、メタバースでどのように活動するかを決定する前に、網羅的な仮想世界に関する製品やサービスに関する商標出願を提出した場合のリスクです。(詳しくはポイント3を参照)
6. メタバース では侵害者の特定は難しい
メタバースにおける環境下では、ユーザー生成コンテンツとユーザーの潜在的な匿名性により、侵害者の特定は困難になるでしょう。現在のSNSでも似たような状況ですが、メタバースではその傾向が更に強まることが予想されます。
そのため、ブランドオーナーは、通知や削除手続きによって侵害を防止・特定するために、仲介役としてメタバースプラットフォームに大きく依存することになります。これらのプラットフォームの運営者は、グレーゾーンを調査し、混同の可能性があるかどうかを評価することが難しいため、権利者から送られた執行要求に従う前に、特定の商品またはサービスの商標登録を要求するかもしれません(上記ポイント2を参照)。
しかし、米国では、NFTの無許可使用を主張し、この問題に挑んでいるところもあります。
米国では、ナイキは、StockXがナイキの(物理的な)トレーナーに関連するNFTコレクションを立ち上げたことに関連して、オンラインマーケットプレイスであるStockXを商標権侵害で訴えています。重要な問題は、StockXのNFTが、(Nikeの商標権の効果を使い果たした)シューズの取引を促進するための単なるデジタルレシートなのか、それともNFT自体がデジタル製品なのか、ということです。Nikeは、NFTはStockXの追加特典とセットになっており、店頭でのシューズの価格よりも高い価格で販売されているため、デジタルレシート以上のものであると主張しています。
また、エルメスは、カラフルな毛皮で覆われたエルメスのバーキンハンドバッグの画像を描いた「MetaBirkin」NFTをミントし、そして高額で販売したMason Rothschildを、バーキンの登録商標とその象徴であるバーキンハンドバッグの構成を侵害しているとして訴えています。Rothschild氏は、「MetaBirkin」は彼の作品のタイトルであり、「ファッションの動物虐待の歴史に対するコメントである…」と示唆していて、そのNFTの名称は出所(メーカー)を特定するのではないと主張しています。
訴えられたRothschild氏は、憲法修正第1条の言論の自由を主張し、エルメスの請求棄却を申請しましたが、失敗に終わっています。米国法では、言論の自由は、商標の使用が作品と無関係であるか、作品の出所について明らかに誤解を招く場合を除き、通常は芸術作品のタイトルに関連する商標権侵害の主張に有効な反論となっています。
このように、メタバースやNFTにおける権利行使はまだ不透明で権利行使が難しいケースもあるので、権利者としてはどの問題について対処するのか(または目をつぶるのか)を明確にすることが重要です。また、商標の希釈を防ぐことと、権利行使によって生じるネガティブなPRのリスク(ブランドへの悪影響も考えられる)との間でバランスを取る必要があります。この部分に関しては現在のソーシャルメディアプラットフォームでのIPの権利行使とも重なる部分があります。
7. 「取引の過程」での使用か?
商標権侵害には、取引の過程での使用(use in the course of trade)が必要で、例えば、NFTに対して商標を出願し、販売のために提供することが求められます。そのため、一個人のメタバースのアバターが着用するナイキのトレーナーのNFTをミントすることが商標権侵害に当たるかどうかは不明です。しかし、一種のパッシングオフ(passing off)(有名ブランドのドメイン名の不正登録と同様)には該当する可能性が高いと思われます。
この記事では商標に焦点を当てますが、もちろん他の知的財産権もあり、それらの侵害証明に関しても、メタバースは同じようなハードルがあるかもしれません。特にファッションの世界では、デジタルコピーは製品のデザインをコピーする可能性が高く、意匠権や著作権が関係することがあります。
8. メタバース 内の監視
メタバースには数多くのプラットフォームがあり、侵害者の特定が困難なため、バーチャルな世界での潜在的な侵害や悪意のある出願を特定するために、商標モニタリングやウォッチサービスを実施する必要があるでしょう。また、顧客によるブランドへの通報は、ブランドオーナーが商標の不正使用を知るためのもう一つの方法です。
9. ライセンス条項で メタバース での使用を規定すべき
多くの商標ライセンスはインターネット上での使用を許可していますが、メタバースでの使用がこれに含まれるかどうかは未検証です。そのため、今後のライセンスにおいて、メタバースやNFTなどのデジタル資産での使用を明示的に取り扱うことが望ましいと思われます。
メタバースへのアクセスを許可する場合、それを特定のプラットフォームに限定するかどうか、不正使用やブランドにとって評判を落とすようなコンテンツとの併用を防ぐためにどのような管理が必要かを検討し、技術の発展に対応できるようライセンスの範囲を将来にわたって保証することを(可能な限り)確認するといいでしょう。
10. メタバース プラットフォームの規約や条件に気をつける
メタバースプラットフォームの利用規約を事前に確認し、IPの所有権やプラットフォームオーナーに付与されるライセンスの幅など、予想外の条件から自社を保護することが重要です。また、プラットフォーム所有者が、侵害を防止し、ブランドに損害を与える可能性のあるコンテンツを管理するために、どのような措置を講じるかを評価することも重要です。
結論
メタバースは、発展途上のコンセプトであり、新進のテクノロジーに依存しています。 どのような形態になるのか、それを受け入れる人々にとって出現するすべてのリスクと機会を予測できる人はまだいません。そのため ブランドオーナーは、商標登録の範囲を戦略的に拡大し、強固な取り締まりと執行戦略を練り、適切なライセンスと利用規約を整備するなどの事前準備を行い環境を整えておくことが必要でしょう。
参考文献:Protecting your brand in the metaverse: top 10 issues for brand owners to consider