無断で有名なNFTを複製し販売したアーティストが 商標侵害 で訴えられました。しかし、オリジナルのNFT発行元は著作権による権利主張を諦めているようで、今回の流れはNFTと著作権による保護に疑問を投げかけており、今後のNFTと知財の関わり方を考えさせられるような事件になっています。
有名NFTスタジオが無断で自社のNFTを再発行していたアーティストを訴える
Bored Ape Yacht Club (BAYC) NFTコレクションで人気のYuga Labs社は、Ape NFTの無許可コピーを販売しているとして、デジタルアーティストのRyder Ripps氏を提訴しました。この訴訟の訴状は、先週末にカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に提出されました。
訴えの対象は、Ripps氏が始めた、Ape NFTを直接コピーし、新しいNFTとして再発行(re-mint)したNFTのコレクションです。この再発行されたNFTは「RR/BAYC」コレクションと呼ばれていて、すでにOpenSeaのマーケットプレイスから削除されています。
(1/2) The outpouring of support from our community today has been overwhelming. We will continue to be transparent with our community as we fight these slanderous claims. In order to put a stop to the continuous infringement, and other illegal attempts to bring harm to…
— Yuga Labs (@yugalabs) June 25, 2022
現在まででこの訴訟に関するYuga Labsの声明は、2つのツイートスレッドにとどまっています。同社は、コミュニティからの「支援の嵐」に感謝し、同社とBAYCコミュニティに「継続的な侵害、およびその他の損害を与えようとする違法な試みに歯止めをかける」ために訴訟を起こしたと述べています。
また、今回の訴訟には直接関係はありませんが、今回訴えれたらRyder Ripps氏はこの半年ほどBored Ape Yacht Clubがネオナチのイメージを密かに作品に取り入れているという説を広めていました。
著作権の権利行使は諦めた?
今回の訴訟は、5月にRipps氏が作成したNFTコレクション「RR/BAYC」です。これはRipps氏がYuga Labs社が発行した有名なBored Ape Yacht Club NFTの画像を無許可で使用し、別のNFTコレクションとして販売し始めたものです。
「RR/BAYC」の公式サイトには、Ripps氏の今回のNFT再発行に対するメッセージが示されていて、今回の行動がアートとしての表現であって、NFTの本質や意味、役割がどのようなものかを表すという説明をしています。
中でも興味深いのが、Ripps氏の説明によると、Yuga Labsは5月17日に、この再発行されたApesの1つに対してDMCA(Digital Millennium Copyright Act)のテイクダウン要請を行いました。しかし、Ripps氏はこの要請を拒否し、その後、Yuga LabsはDMCAの要求を正式に取り下げたということです。取り下げに関する詳細な理由などは書かれていませんが、今回の訴訟でも商標権のみの権利行使で著作権は含まれていないので、Yuga Labsが著作権による権利行使を諦めたのかもしれません。
訴訟で商標侵害は認められるのか?
Yuga Labsの訴訟では、RR/BAYCが商標権侵害(trademark infringement )に加え、虚偽広告(false advertising)、サイバースクワッティング(cybersquatting)、不正競争(unfair competition)を主張しています。
また、商標権の権利者であるYuga Labs社は、今回のRipps氏の行動を強く非難し、RR/BAYCのNFTがYuga Labsの公式Bored Ape Yacht Clubと何らかの形で後援、提携、または関連しているかどうかについて混乱を招くことによって、消費者を犠牲にしてYuga Labsに損害を与えようとする意図的な行動である」と述べています。
ネオナチ風評被害も訴訟に踏み切った一因?
今回のYuga Labsの訴訟のどこにも「ナチス」という言葉は出てきませんが、Yuga Labsがこの訴訟を起こした一因に、Ripps氏のネオナチ批判が寄与していると考えられます。2021年後半、Ripps氏はBored Ape Yacht Clubがネオナチや人種差別主義者を多く参照していると彼が見ているものについての証拠のアーカイブを蓄積し始めました。
この反論として、Yuga Labsは創業者によるブログ記事を公開し、Ripps氏の証拠に初めて明確に言及しました。記事では「全体として、このような陰謀論が広まるのは異常なこと」で、「インターネット上の頭の悪い荒らしが持つ力を如実に示している」と語っています。
Yuga Labsは今回の訴訟で、Ripps氏が二度とBored Ape Yacht clubのブランド名を彼の制作物に使用しないことを命じる判決、およびYuga Labsの損害、Ripps氏の利益、Yuga Labsの弁護士費用、およびその他の損害に相当する賠償を要求しています。
メタバース弁護士の見解
今回Yuga Labsが訴訟に踏み切ったのはとても興味深いところがあるものの、訴訟に至るまでの経緯で見え隠れするNFTに対する勘違いや思い込みが弁護士の観点からは面白かったです。
特に、Ripps氏は今回問題になっているRR/BAYCのNFTコレクションを作る上で、完全にBAYCのコレクションの画像をコピーしています。そして、実際にそのコピーされた画像を含むNFTを販売していました。このようなコピー行為はNFTではできないと勘違いしている人もいますが、NFTに関連付けられている画像はだれでもアクセス可能で、画像のダウンロードもできてしまいます。そのため、このようなRR/BAYCも技術的には比較的簡単にできるわけです。
NFTは発行やその後の取引がブロックチェーン上に記録されるため、同じ画像を含んでいるNFTであっても、発行元が異なる場合は、その事実をブロックチェーン上で確認できます。そのため、RR/BAYCのNFTがYuga LabsのBored ApeのNFTでないことはブロックチェーン上で確認できます。しかし、見た目(つまり使用されている画像)は同じなので、画像だけを見たら区別はできません。
このように、NFTは画像のコピーを防ぐものではなく、関連しているアセット(今回の場合は画像)がどこから発行されていて、いままでどのような取引があったかを誰でも確認できるシステムを提供しているだけに過ぎないということがよくわかります。
さらに、今回の訴訟がYuga LabsがもっているBored Apeに関連する商標の権利行使にとどまっていて、著作権に関しては、何も権利主張していないことが興味深い点です。これは、この訴訟前に行ったDMCA要請でうまく行かなかったことが原因でしょう。そもそも、DMCA要請でことが済んでいたら今回の訴訟沙汰にはならなかったと思いますが…
では、なぜ著作権侵害を警告するはずのDMCA要請がうまく行かなかったのでしょうか?Ripps氏の具体的な反論は示されていませんが、著作権に関する権利がどこに帰属するのか(あと、著作権侵害で訴える権利がだれにあるのか)が問題になったのかもしれません。
BYACの規約を見ると、NFT保有者がリンクされているBored Apeに関する所有権を得ていると書かれています。この表記が、それぞれのNFTに紐付けられているBored Apeの画像に関する著作権もNFT保有者が持っているということになるのか、それとも、発行元であるYuga Labsに著作権があるのかが不明瞭になっている可能性があります。Yuga Labsは、NFT保有者にNFTの知財を活用した商標利用も認めているので、Yuga Labsではなく、NFT保有者が著作権侵害に関しては権利行使する権利があるとRipps氏が反論したのかもしれません。
また、Bored Apeのような様々な特徴がランダムで付け加えられたNFT画像には著作権の保護が及ばない可能性もあります。特に、コンピューターが自動で生成した画像には著作権保護が認められない場合もあるので、このような問題が訴訟で明るみになるのを避けたのかもしれません。
NFTと知的財産権の取り扱いはまだ不透明な点が多く、特に著作権による権利行使は難しい(または著作権保護がないという判決が下されるリスクを回避したかった)と判断して、訴訟では著作権についての権利行使をしなかったのでしょう。
しかし、商標権だけで勝てるかは正直微妙です。NFTに関する商標権侵害訴訟で注目されているのは、エルメスとNikeです。これらの訴訟でも簡単に商標権侵害が認められるような印象ではないので、Yuga Labsも厳しい戦いを強いられる可能性があります。
参考文献:Bored Ape owner Yuga Labs sues Ryder Ripps over re-minted NFTs