Can’t Be Evil NFT Licenses はNFTの知財問題を解決できるのか?

多くの人が NFT を購入しますが、現実には何を手に入れることができるのか確信が持てないのが普通です。これは NFT の仕組みと不透明な知的財産に係るライセンスによるもので、NFTを普及させるための大きな足かせの1つになっています。このライセンス問題を解決するために巨大なVCがNFTライセンスのテンプレートを無料公開し、ライセンスの標準化を目指して動きはじめました。

NFT のライセンス問題

NFTを購入する場合、通常は(ブロックチェーン上に保存された)tokenIDと、他のコンテンツファイル(通常はオフチェーンに保存されますが、稀にオンチェーンのアートワークの例もあります)を示すメタデータを一緒に購入しています。この仕組がNFT購入者の権利に関する混乱を引き起こす原因の1つになっています。

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NFTを購入したからと言って、そのアートワークに対して何でもできるわけではありません。米国の著作権法は、デジタルなものを含むアートワークの購入者に、アートワークを複製、変更、あるいは公的に展示する権利を自動的に付与するものではありません。そのため、アートワークの購入者は適切なライセンスをクリエーターから得る必要があります。

もしクリエイターからのライセンス(または著作権の譲渡)がなければ、買い手は、「フェアユース」という不確実で限定的な例外を除けば、複製、変更、あるいは公的に展示する権利などの著作権に含まれる権利の元に行える行動をすることができません。

そのため、NFTプロジェクトにおいて、クリエイターはNFT保有者に特定の行動を認めるようなライセンスを与えていますが、プロジェクトごとにそのライセンスの範囲は大きく異なり、一貫性が欠けています。また、NFTプロジェクトの中にはライセンスが明確に示されていないものもあったり、また、ライセンスの文言がさらなる曖昧さを作り出すものまであります。

さらに、ライセンスは一定ではなく、通常はクリエーターのホームページに掲載されていて、ライセンスを与えるクリエーター側にいつでも一方的にライセンス規約を替える権利があることも多いため、NFT保有者が望まないような変更も予告なしに行われることもあります。

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A16Zが NFT を救う?

このNFTのライセンス問題の解決策として、複数のNFTライセンスのテンプレートを無料公開し、ライセンスの標準化を目指すことを掲げたのがa16zです。

アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は、カリフォルニア州シリコンバレーにあるベンチャーキャピタル(VC)で、テクノロジーで未来を作る大胆な起業家を支援しています。a16zは仮想通貨部門を持っており、そこが中心となって、6つの異なるライセンススコープを持った規約を作成し、多くのNFTプロジェクトが使いやすいようにGitHubでこれらのライセンスを提供しました。

公式ブログでの声明は大きな反響をよび、様々なメディアでこのa16zのNFTライセンスの標準化への取り組むが取り上げられました。

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Can’t Be Evil NFT Licenses

a16zが提唱するNFTライセンスの基本方針は“Can’t Be Evil” です。この方針はコードを法律として扱うという考えに似ており、ブロックチェーンで仕組みを作り、人が介入し影響を及ぼすことを極端に避けるようにするアプローチです。このような仕組みがうまくいくと、サービスを利用するユーザーがお互いに信用する必要なく取引ができたり、仲介する企業を信頼する必要がなくなるので、「トラストレス」と呼ばれることもあります。

NFT license chart

そして今回公開されたNFTライセンスは6つあり、それぞれ異なる許諾範囲があるため、NFTプロジェクトが自分のビジネスモデルにあったライセンスを選ぶことができるようになっています。

Creative commons

このやり方は、creative commonsのライセンスモデルに似ており、実際に、公式ブログでは今回のライセンスはcreative commonsを参考にしてデザインされたと書かれていました。

法律の世界ではテンプレートはよく使いますが、テンプレートをそのまま実務で使うというのはまずありません。通常、弁護士は案件に近いテンプレートを出発点として、個別の案件に合わせて適切な補正を加えていきます。

今回a16zが提供したテンプレートも同じで、様々なプロジェクトのニーズによって自由に変更を加えることが許されています。更に言うと、公開された6つのライセンスそのものがCC0におけるライセンスになっており、実質、著作権が公に捧げられたことになっています。そのため、NFTプロジェクトは何の気兼ねもなくこのライセンスを複製、変更、改良することができるようになっています。

また、NFTのスマートコントラクトにライセンス契約を「埋め込み」やすくするため、6つのライセンスはすべてGitHubで公開されています。このGitHubで公開されているコードを使うと、NFTライセンスはオンチェーンおよびメタデータで参照できるようになります。(仕組みとしては、オンチェーンにはNFTライセンスのタイプやPDF版のライセンス規約の保存先リンクが記録されており、PDFのライセンス規約はオフチェーンに保存されている)。このようにすると、ライセンス規約は完全に固定され、変更されることはありません。

また、例えばOpenSeaなどのマーケットプレイスはこのライセンスに関するオンチェーンデータを読み取り、NFTのライセンスタイプを引き出し、NFTのオークションページ内にライセンスの表示をすることもできる可能性があります。このような表示があれば、購入者は、購入する前にNFTに関連する権利を知ることができ、ライセンスの法的強制力を強化することができることが期待されます。

有名弁護士事務所が作成したテンプレート

今回公開された6つのライセンスは、a16zの仮想通貨部門が先導して行いましたが、Latham & Watkins LLPDLA Piper LLPという大手の弁護士事務所と提携して作成されました。

これらはあくまでテンプレートなので、活用する場合であっても、それぞれのNFTプロジェクトのニーズや用途に合わせて調整する必要があります。しかし、どこの誰がアップロードしたのかわからない「サンプル」ではなく、経験豊かな一流弁護士によって作成されたテンプレで、それが無料で自由に使えるというのはすばらしいことです。

Can’t Be Evil NFT Licensesの中身

次に、公式ブログで注目されているライセンスの特徴を実際の規約を参照しながら考察していきます。

フェアーなライセンスの実現

フェアーなライセンスの実現

通常のライセンス契約では、権利を持っているライセンス元がその一部の権利をライセンス先に与えるという構造なので、ライセンス元であるクリエーターサイドが優位に立ちます。NFTプロジェクトでも例外ではなく、「いつでも一方的に規約を変えられる」というような条項を盛り込んでいることがおおく、実際に大幅な利用規約の変更を行ってライセンスモデルを変えたプロジェクトもあります。

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Can’t Be Evil NFT Licensesでは、このような一方的な規約の変更で混乱が生じないように、ライセンスが与えられる権利については、「取り消し不能」(irrevocable)になっています。

NFT license フェアーなライセンスの実現

例えば、これは Non-Exclusive Commercial Rights (CBE-NECR)と呼ばれる6つのCan’t Be Evil NFT Licensesの内の1つに書かれているNFTメディア(画像など)のライセンスについての条項なのですが、赤線で示されたように、「永続的で取り消し不能な世界的ライセンス」となっています。条項の3.2にNFT保有者による契約違反によるライセンスの終了はあるのですが、それ以外では、権利を与える側のクリエーターが権利をNFT保有者から「奪う」ことはできません。

このように与える権利を取り消せないものにすることで、クリエイターが将来的にライセンスをより限定的なものにすり替えるのを防ぎ、NFT保有者を守るような仕組みを作っています。

商用利用で考えられる NFT 保有者間の問題にも対応

商用利用で考えられる NFT 保有者間の問題にも対応

BAYCの成功を見て、NFTプロジェクトの中にはNFT保有者による画像イメージの商用利用を認めているところも多いです。しかし、このようなNFTの商用利用が活発になると、どうしても同じコレクションだと画像のアバターの容姿が似ていたり、Tシャツやマグカップなどの同じような形態のグッツが多くなり、商用利用においてNFT保有者間でトラブルが発生することが考えられます。

NFT license 商用利用で考えられる NFT 保有者間の問題にも対応

そこで商用利用を認めるNon-Exclusive Commercial Rights (CBE-NECR)のような場合は、二次創作について、他にも似たような作品が出ることがあることを伝え、同じコレクションのクリエーターと他のNFT保有者に対して、訴訟を起こさないことを約束させています。この約束は先程見たライセンスと同様に取り消し不能(irrevocable)になっているので、NFT保有者は他のNFT保有者からの訴訟リスクを心配せずにNFTメディアの商用利用ができるようになっています。

意外に重要なサブライセンス問題に関しても対応済み

意外に重要なサブライセンス問題に関しても対応済み

NFTのライセンスでは明記されているものが少ないですが、サブライセンスは権利のライセンスにおいて重要な役割を果たします。

例えば、Tシャツを作る場合であっても、ライセンスされたNFT保有者が自分で製造するのではなく、外注してTシャツを作るのが大半だと思われます。しかし、サブライセンスの権利がNFT保有者に与えられていないと、NFT保有者は第三者に持っている権利を「またがし」することができないので、外注先のTシャツ制作会社はクリエーターの知的財産を侵害する可能性があります。

この問題を想定して、Can’t Be Evil NFT Licensesでは(CC0を除く)すべてのライセンス契約において、サブライセンスを明記しています。

また、サブライセンスが存在したままNFTが売却されてしまうと、新しいNFT保有者が許可していないサブライセンスが負担(encumbrance)になってしまいます。そのような状態だと権利の価値が損なわれていることになるので、NFTの価格を下げる要因になります。しかし、現在ではサブライセンスをオンチェーンでトラッキングすることはできないので、サブライセンスが存在したままNFTが売却されてしまうと、購入者は既存のサブライセンス先があるために価値が下がっていることを知らずにNFTを購入してしまう可能性があります。

NFT license 意外に重要なサブライセンス問題に関しても対応済み

そこでCan’t Be Evil NFT Licensesでは、サブライセンスは売却時にすべて解約されるようになっています。

このように前のNFT保有者がどれだけサブライセンスを行っていようとも、そのNFTを次の買い手が購入した時点ですべてのサブライセンス先がその権利を失うので、買い手は確認が難しいサブライセンスの負担(encumbrance)を悩まずにNFTを購入することができます。

NFT による知財侵害の責任はクリエーターに

NFT による知財侵害の責任はクリエーターに

NFTに関連付けられている画像だからといって、クリエーターがすべての権利を完全に保有しているとは限りません。例えば、アート作品には、他のコンテンツから「インスパイア」されたものも多く、そのようなものの場合、作品が他者の知財を侵害している可能性があります。

しかし、そのようなリスクがある場合であってもそのリスクの責任元を明確にしないNFTライセンス契約が一般的で、クリエーターは責任を取ることを避けてきました。

NFT license NFT による知財侵害の責任はクリエーターに

今回のa16zが提唱するライセンスは、この点について責任(とそのリスク)はクリエーター側にあり、契約で一般的な”Representations and Warranties”というセクションで、クリエーターが(ライセンスを除き)所有していない作品やロゴなどをNFTメディアに使用していないことを表明および保証する条項があります。

このような条項が一般的になり、NFTプロジェクトでは標準としてライセンスに組み込まれるのであれば、「模倣」を目的としたNFTプロジェクトが減り、より健全なNFT市場になることが期待されています。

NFT の盗難対策もライセンスに組み込まれている

NFT の盗難対策もライセンスに組み込まれている

NFTの盗難問題は深刻で、大きな課題となっています。

関連記事:総額2540万ドル以上におよぶ「盗難」されたトップNFTプロジェクトと 盗難 対処の限界

また、NFTの盗難や消失があった場合にライセンスされた権利がどのように取り扱われるべきかもまだ明確な仕組みがありません。

関連記事:盗難にあった場合、NFTに付属する 権利 はどうなるのか?法律面での考察

そのため、今回提唱されたライセンスでは、規約において権利上の取り扱いを明記しています。

NFT license NFT の盗難対策もライセンスに組み込まれている

具体的には、条項1.4において、ライセンスは原則譲渡できず、プロジェクトNFTの所有権を合法的に譲渡した場合にのみ、ライセンスも譲渡されるという仕組みになっています。この「合法的」(lawfully)というところで、盗難や消失があった場合の対策(NFTはなくなっても、ライセンスは元NFT保有者残る)をしています。

しかし、どのような取引や手続きが「合法的」(lawfully)なのかについては明確な答えを出していないので、その判断をNFTプロジェクトを作ったクリエーターが行うとなると、「人」の要素が関わってくるので、Can’t Be Evil の基本方針とは外れるような印象を受けます。

ライセンス契約をオンチェーンで表示

ライセンス契約をオンチェーンで表示

最後に、今までのNFTライセンス契約はプロジェクトの公式サイトに表示するのが一般的でしたが、a16zはオンチェーンによる表示を推奨しています。実際に、今回公開された6つのライセンスはすべてGitHubで公開されていて、簡単にスマートコントラクトの中に組み込むことができるようになっているそうです。

オンチェーンで表示されるのであれば、規約を変えることはほぼ不可能なので、その点でも、オンチェーンでのライセンス契約の表示はCan’t Be Evil の精神につながるものがあるのだとおもいます。

しかし、変えられない規約はいい規約なのか?という疑問は残ります。単発のNFT作品の販売に関する規約なら、販売後のNFTの活用についてはクリエーター側はほぼ関わらないので、「変えられない規約」は適切だと思います。しかし、NFTを用いた長期的なブランド戦略を行った場合、コミュニティが生まれ、増え、交流が増え、アクティビティが増えると、規約を作ったときに意図しない問題が起きてくるかもしれません。

そのような状態になっても、規約がオンチェーンで管理されているのであれば、変えることは実質できないので、別の方法で問題に対処していくことが求められます。

また、現実にトップNFTプロジェクトの大半がクリエーターによる一方的な規約の変更の権利をライセンスで明記しているので、このようなライセンス契約をオンチェーンで表示が業界標準になるかというと、難しいのかもしれません。

NFT の知財問題を解決するにはみんなの声が必要

a16zが提唱するNFTライセンスはNFTの特性や業界を理解した上でよく作られています。Can’t Be Evil のポリシーは耳触りはよく、クリエーターとNFT保有者のパワーバランスをより平等にする取り組みも行われています。

しかし、ライセンス契約は原則権利を持っている側が強く、クリエーターが自ら自分が不利になるような規約を盛り込むことはありません。なので、a16zが提唱するNFTライセンスが一般的に用いられるか否かは、NFTを購入するユーザー側の姿勢やメッセージが大きな影響を与える印象を持ちました。

NFT保有者や見込み保有者がNFTの知財問題に関して正しい知識を持ち、NFTプロジェクトを評価する際にライセンスの要素も考慮し、クリエーターに直接意見を述べていく、そのような草の根活動が、今後のNFTの知財問題を解決するためには不可欠なのかもしれません。

メタバース弁護士 野口剛史

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