メタバース の法整備で軽視されている大きな問題

メタバース を安全にまた快適に多くの人々が日頃から使うためには法整備を始めとした「規制」をおこなっていくことが不可欠です。各国の主要規制当局によって様々な取り組みが行われていますが、メタバースにおけるレイプを始めとした性的暴力や暴行、また、いじめや差別に関する問題意識が欠けていることを懸念しています。メタバース内では「人と人との関わり」は避けられないので、大きな社会問題になる前に迅速な法整備を行うべきだと考えます。

現実世界とメタバースでできることのギャップが狭まる中、規制はまだ追いついていない

メタバースは、物理的な現実の世界を反映するように構築されています。例えば、KDDIが手掛けているバーチャル渋谷はデジタル空間上のもう1つの渋谷として存在しています。また、他のメタバースプラットフォームでも、コンサートに行ったり、カジノに行ったり、友人とコーヒーを飲んだり、街をぶらぶらしたりすることができます。このように仮想空間でも現実世界と同じようなことができてきている反面、現実世界では当たり前になっている「規則」の面では、バーチャル世界は大きな遅れをとっています。

メタバースにおける「規制」を考える場合、「アーキテクチャ」、「市場」 、「規範」、 「法」という4つのレイヤーがあると言われており、これらのレイヤーにおける仕組みでメタバース内の規律を保っていくことが語られています。しかし、まだ完成されたモデルはなく、試行錯誤がやっと始まった段階と言っても過言ではないでしょう。

現実問題ほとんどのプラットフォーマーによる利用者に対する「規制」は、コンピューターコードによる技術的な制限と、利用規約による禁止事項等で行われていると思われます。

規制当局が直面している課題とその落とし穴

メタバースの成長スピードに規制が追いついていないのは確かですが、規制当局が何もしていないというわけではありません。規制当局が動くにはまず「管轄」(jurisdiction)の問題を解決しないといけないのですが、メタバースは国境を超えてサービスが提供されたり利用されるので、この管轄問題を解決するのがとても難しいというのが現状です。実際に、専門家の中にはメタバースのための特別な管轄「メタ管轄」(‘meta jurisdiction’)を作るべきという主張をしている人もいます。

また、管轄の問題以外にも規制当局が直面している課題も多いです。直近の問題としては、NFTなどのデジタルアイテムに関する権利、著作権や商標権を含む知的財産、バーチャル不動産、データやプライバシーに関する規制などがあり、どれも複雑で難解な問題で法律面の整備をするには多くのリソースと時間がかかることが予想されています。

しかし、規制当局の関心事項に「人と人との関わり」に関する法整備が大々的に示されていないことを懸念している関係者もいます。というのも、メタバースは、バーチャル空間で不特定多数の人がコミュニケーションをとったり、共通の場所を共有することが不可欠なものです。そこには様々な人が来て、利用者すべてが「善意」を持った人とは限りません。そうなってくると、現実世界で起こっているような「人と人との関わり」がきっかけとなる犯罪や事件と似たようなことがバーチャルな世界でも頻繁に起こることが考えられます。

メタバースでレイプされるという事件が起こる

残念ながらメタバース内におけるセクシャルハラスメントはすでに発生していて、メタバース内でレイプされたという体験談を書いているユーザーもいます。

アメリカの非営利団体National Sexual Violence Resource Centerの調査によると、女性の81%、男性の43%が、生活の中で何らかの性的暴力や暴行を受けた経験があると報告しています。

現実世界でこのような状況であれば、現実世界とメタバースでできることのギャップが狭まる中、今後メタバース内における性的暴力や暴行に関する事件が増加することが容易に想像できます。

技術的な解決手段だけでは限界がある

レイプされたという体験談を重く見たのか、その対策として事件が起こったプラットフォームのHorizon Worldsの開発元であるMeta社は、Personal Boundary という機能を発表しました。他人が自分のアバターのパーソナルスペースに入るのを防ぎ、不要な交流を避けるのを容易にするというものです。

しかし、このような技術的な解決手段だけでは「人と人との関わり」に関する問題は完全に解決できないと指摘されています。例えば、Meta社がリリースしたPersonal Boundaryという機能は、「友人ではない人」についてはデフォルトでオンになっており、ユーザーが設定を自由に調整することができるようになっています。しかし、もしユーザーがこの機能をオフにしていて、性的暴行を受けた場合、被害を受けた責任はユーザーにあるのでしょうか?また、技術的な知識がなく設定をうまくできなかった状態で被害を受けた場合はどうでしょう?

このように、コンピューターコードによる技術的な制限はある程度の効果は期待できますが、それだけでは限界があり、「市場」 、「規範」、 「法」などの他のレイヤーにおける仕組みを活用して網羅的に「規制」していく必要があります。

現状の法律がメタバースに適用されるのか?

アメリカにおけるレイプに関する法律や罰則は様々あり、州によっても異なります。しかし、原則として犯罪者をレイプで有罪にするには、合意のない性的接触が、たとえわずかであっても、発生しなければなりません。

メタバースの場合、自分はアバターとして仮想空間で行動するわけですが、そのアバターに対して何らかの合意のない性的接触が行われた場合に、現法のレイプに関する法律が適用されるかは明確ではありません。

また、州によってはレイプが被害者を脅迫するなどの他の形態の強要でも起こり得ますが、法律の適用範囲にメタバース内の行動が含まれるかは実際に裁判沙汰にならないとわからないというのが現実問題としてあります。

インターネット上の社会問題に対する法律の適用もまだ発展途上

SNSが私達の生活に大きな影響を与えてからもうだいぶ時間が経っていますが、SNSを用いたいじめやハラスメントに対する法整備もまだ完璧ではありません。

例えば、アメリカでは、いじめを直接取り上げる連邦法はなく、人種、国籍、肌の色、性(性的指向や性同一性を含む)、 年齢、障害、または宗教に基づく場合、いじめは差別的嫌がらせと重なるケースがあるくらいです。

また、州レベルではSNSを含むいじめに対する何らかの規制を設けているところもあるとは思いますが、法律が適用される州の外に加害者や被害者がいるケースだったり、そもそもメタバース上では加害者・被害者の国籍や住居地の特定が難しいので、規制する法律があったとしても、その適用が難しいという課題があります。さらに、SNSが関わるネットいじめやネット暴行は社会問題になっているものの、実際に人に被害が及ぶような行為を対象とした法律の制定や適用が遅れているのも事実です。

メタバースの世界ではアバターというバーチャル世界の自分の分身が他人と交わる中で「人と人との関わり」が今までのSNSよりも濃密になります。そのため、現実世界で起こっているような「人と人との関わり」が起こす様々な問題がバーチャルな世界でも頻繁に起こってくるので、大きな社会問題になる前に、今まで以上に迅速な法整備が求められてくるのかもしれません。

日本でも問題意識は低い?

私は日本の弁護士ではないので日本の情勢についてはあまり詳しくないのですが、経済産業省が2021年にメタバース事業における問題をまとめた報告書を出しています。この報告書には12個の問題が種類別に分類されているのですが、今回話したメタバース内におけるレイプやいじめ、差別の問題に関して単独で特定しているものはなく、2「仮想空間内における権利の侵害」、3「違法情報・有害情報の流通」、6「青少年の利用トラブル」に関わる部分がある程度です。

しかし、メタバースの性格上、「人と人との関わり」は避けられないので、そこで起こりうる様々な問題、特に、レイプやいじめ、差別などの問題は大きな社会問題になる可能性を秘めているので、各国の規制団体が協力し合い、迅速に法整備と取締の強化を進めていくべきだと考えます。

メタバース弁護士 野口剛史

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