スマートコントラクト は古臭い契約書の代わりになるのか?

暗号資産関連のサイトに行くと古臭い紙ベースの契約書の代わりに スマートコントラクト を活用するべきというコラムをよく見ます。しかし、このような極端な考え方にはムリがあり、現実的な運用としては、スマートコントラクトと一般的な契約書を併用する形が理想的だと思われます。

長年解決されていない問題:契約内容の実行

会社同士の取引には契約が必須です。しかし、契約が交わされても、そこに書かれている内容がいつも問題なく実行されるわけではありません。

例えば、取引相手から支払が滞ったことはありますか?請求書を出しても支払いが行われず、取引相手に何度も催促した経験はないでしょうか?セールスに携わってなくても、毎月の給料を待っていたら支払いが遅れたり、フリーランスでサービスを提供したのにも関わらず支払いが行われなかったり、支払いが遅れた経験があるかもしれません。

商品やサービスの対価としての支払は契約書に明記され、この取引自体が契約書の目的で、お互いの役割や責任が明記されている場合であっても、このような問題はよく起こります。このような問題があるので、契約があっても、取引先のクレジットだったり取引実績などの「信用」が重要視されています。

しかし、仕組みという視点で考えてみると、契約における取り決めと実際の行動が関連付けされていないのでこのような問題が起こっているということも言え、この契約と行動のギャップは紙ベースの契約書における長年解決されていない問題として取り上げられてきました。

契約の管理コストと人的ミス

また紙ベースの契約書と実際の行動が自動的にリンクされていないため、契約内容の実行が速やかに行われたかの管理に多くの人的リソースを必要としています。

World Commerce and Contracting Association によると、契約はすべての組織の労働力に影響を与え、従業員の 26% が何らかの形でこれらの契約の管理に携わっているといいます。これほど企業に影響を与えている「契約」ですが、他の分野に比べて技術的な進歩が遅い傾向にあります。そのため、契約は通常、人間によるメンテナンスと実行に委ねられており、人的ミスがあると会社として大きな損害につながる可能性があります。

PwCによると、契約管理の不備は通常、企業の収益に少なくとも9%の損失を与え、一貫した価値の流出をもたらし、40%の損失に達するというレポートが出ています。このような収益の損失は、誤ったデータ入力、未払金、顧客管理の問題、誤った報告、値引きなど、基本的にすべて人的ミスによって引き起こされるものです。

また、関係者が事前に決めた契約内容を守っていないだけで、コミュニケーションのミスや契約条件の不履行が発生することがあります。このような場合、企業と従業員、あるいは外部のパートナーとの間に摩擦が生じ、その解決は弁護士に委ねられることが多いのですが、このような複雑な事態はいくらでも発生します。

本来、契約は明確で信頼性の高いものであるべきはずですが、実際は、契約に関する問題が頻繁に発生し、その解決にさらに多くの時間と労力がかかるものとなっています。

そこで、この契約に関する課題を解決する手段としてスマートコントラクトが注目されているのです。

スマートコントラクトの理想と現実

「がんばるのではなく、スマートに契約をハックする」というような理想を掲げて、紙ベースの契約書に依存するのではなく、デジタルなスマートコントラクトを活用すればいいと主張するメディアが目立つようになりました。

古典的で「つまらない」契約の世界に、イノベーションを起こさせようとする姿勢自体はいいのですが、理想として掲げているスマートコントラクトの形と実際の活用事例のギャップが激しく、今後いくらスマートコントラクトの技術進歩があっても解決できない契約の側面もあるので、理解に苦しむことがあります。

スマートコントラクト (Smart contract)とは、ある一定の条件に従って、関連する事象や行為を自動的に実行、または、制御することを目的としたコンピュータプログラムです。そのためコンセプトとしては、契約というよりも、パソコンなどに搭載されている半導体に似ていて、自動で取引を行うには明確な条件がコード化されている必要があります。

スマートコントラクトで特定の行動が自動的に実行されるには、その行動の条件である事柄がコード化されていて、実際にスマートコントラクトのインプットとして取り入れられる状態でなければいけません。また、自動的に実行される行動もコンピューターコードで表現できなければいけません。

そのため一般的なビジネス間の購買契約書に書かれている「表明」(Representations)、「保証」(Warranties)、「補償」(Indemnification)などの取引に関わる重要な項目は、コード化できるような内容ではないので、スマートコントラクトが紙ベースの契約書を完全になくすことはないのです。

また、原則、スマートコントラクトのようなコンピューターコードのみでは契約法による保護が受けられないので、取引で何らかしらの問題が発生した場合に法的な手段が取れない可能性があります。

実際、スマートコントラクトはDeFiやNFTなどの取引には用いられていますが、これらはブロックチェーン技術が用いられて生まれ発達してきたものなので、スマートコントラクトとは相性がいいです。しかし、既存の購買の取引にブロックチェーン技術が応用されているものはほとんどないので、そのような状態でスマートコントラクトをブロックチェーンネイティブでない取引に用いるのは現状ではとてもむずかしいです。

将来的にはスマートコントラクトと一般的な契約書を併用する形が理想的

このようにスマートコントラクトには限界があり、技術の発展してもあらゆる種類の紙ベースの契約書を完全になくすことはできません。しかし、スマートコントラクトと一般的な契約書を併用することができれば、上記で指摘した長年の契約における課題であった「契約内容の実行」の自動化や、「契約の管理コストと人的ミス」の軽減ができると考えています。

例えば、特定の品物が納品されたら自動的に対価が支払われるというようなことは、スマートコントラクトで自動化可能です。また、品物を受け取った後に検査し、一定の条件を満たした場合にのみ支払いを自動的にするなどの、規約による受入 (Acceptance) の条件に沿ってスマートコントラクトのコードもある程度変えることもできます。そのため、実際の取引(モノやサービスの提供とその対価の支払い)に関わる部分の実行をスマートコントラクトによってある程度自動化させることは可能だと考えています。

このように契約の取引の部分だけでもスマートコントラクト(やその他のテクノロジー)を用いることで自動化できれば、ビジネスにおいて大きな効率化が期待できます。今までは契約内容と実際の行動を原則手作業で確認してきましたが、この部分を自動化できれば、その手間が省けます。さらに、手作業で起きていた入力ミスや作業の遅れも未然に防ぐことができるので、今まで起きていた手作業の弊害もなくなります。

そのため、未来の契約書は単なる書類ではなく、そこにスマートコントラクトが付属する形になるのかもしれません。

スマートコントラクトと契約書を併用する課題

スマートコントラクトはブロックチェーン上に保存され、従来の契約とは異なり、人ではなくブロックチェーンのプログラミングによって実行されるので、取引に関する事柄を自動的に実行することができますが、課題も多くあります。

まず1つ目に、契約の当事者同士がスマートコントラクトの併用に同意しなければなりません。どちらか一方でも同意しない場合、スマートコントラクトは機能しません。また、特定の取引先と併用が実現しても、紙ベースの契約の管理とスマートコントラクトを併用した契約の管理を並行して行うのは、紙ベースの契約の管理だけのコストと比べ、高くなる可能性もあります。

また、同意したとしても、使用しているブロックチェーンやインフラの違いといった技術的な問題でスマートコントラクトの実装に時間がかかったり、技術的に不可能である可能性もあります。スマートコントラクトを併用した契約は一般的ではないため、業界のスタンダードがなく、様々な技術が乱立すると、その互換性問題等で広く普及しない可能性もあります。

さらに、契約書内の規約とスマートコントラクトで表現された条件やその条件が満たされた場合に起こす行動にズレがある可能性があります。このような問題は、契約における規約自体がコード化しづらいものになっていたり、コードを書くエンジニアの契約に関する知識が足りないと頻繁に発生する可能性があります。そのため、スマートコントラクトを用いる場合、弁護士とエンジニアが共同で契約の規約に対応するコードを作成する必要があります。

最後に、スマートコントラクトリスクがあります。スマートコントラクトは、コンピュータープログラムなので、バグがあり意図しない挙動をすることがあります。スマートコントラクトのプログラミングエラーにおける不具合は複雑なコードになるにつれ多く発生し、深刻なものになると、スマートコントラクトエラーに関わる資金の流失やハッキングの被害に見舞われることがあります。このようなリスクは完全に防げない可能性があるので、スマートコントラクトに関わる資金の取り扱いについては慎重になる必要があるでしょう。

実際に運用をしていくとこれ以外にも様々な課題が浮き彫りになってくると思われます。しかし、もうすでにスマートコントラクトを契約に併用するスタートアップも存在し、買収されたという経緯もあるので、このような契約におけるイノベーションはすでに起こっていて、スマートコントラクトを含む契約が当たり前になる世界がすぐそこまで来ているのかもしれません。

メタバース弁護士 野口剛史

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